「感情はともかく情報は共有すべきだ」というのが私の持論だ。情報と言っても芸能人のゴシップとか同僚の陰口とかではない。広く社会一般のために役立つ情報なら皆で共有すべき、という事だ。卑近な例で申し訳ないが私が世界史の教員になりたての頃、授業の準備に非常に手間取った。専門だった中国史ならそれなりの引き出しがあるものの、それ以外の分野はほとんど素人同然だ。それこそ毎時間の授業ごとに前日の夜中の2時3時までかけて参考書を何冊も読みまくって授業に臨んだ。それでも駆け出しの駆け出しだった私はなかなか生徒の満足のいく授業ができなかった。それこそ毎時間、毎時間が自分との、そして生徒との格闘だった。休日は授業の準備や専門書を読む事、それ以外は部活の引率でいっぱい、いっぱいだった。
そんな風にして一年余りが過ぎたころ、私に転機が訪れる。授業準備の一環としてインターネットで情報を収集していたところ、これは!というサイトを見つけたのだ。そのサイトの名は『世界史講義録』大阪の公立高校の教員である金岡新先生(ペンネーム)が自分の授業をそのままの語り口で文章化して作った世界史の授業専門のサイトだ。『世界史講義録』には金岡先生が長年の教員生活で専門書を読んだりご自分の体験に基づいたりして作り上げた深い授業が惜しむことなくそのままの形で掲載されている。教科書を読んでも絶対に理解できっこない事柄がその背景を含めて解りやすい文章でしかも面白い語り口で紹介されている。私にとってはまさに宝の山を探し当てた気分だった。
それ以来『世界史講義録』は私のバイブルになった。『世界史講義録』を読んでそれにプラスアルファで自分なりに調べたことを加味して授業に臨んだ。自分で言うのもなんだがそれ以来、私の授業は「新人のくせに、解りやすくて面白い」と評判になった。まあそれも道理だ。大ベテランの先生の授業を土台として行っているのだから。しかし生徒も馬鹿ではない。どうやらあいつの授業はネットで調べたものをそのまま使っているらしいとのうわさが立つ。まあ、いずれ解るだろうと思っていたからそのまま放っておいた。無論、私の評判はがくんと落ちる。「なーんだ、ネットの丸写しかよ」と。だが生徒とは本当の意味で馬鹿ではない。そのうちにちらほら言い出すものが出てくる。新人のくせに参考書だけに頼るんじゃなくて、もちうる手段のすべてを駆使して授業に臨んでいるんだと。それだけ努力してるんだ。それだけ自分の仕事に一生懸命なんだと。そうなってくると生徒の方も授業に臨む態度が変わってくる。ここに至ると私の方も特に隠す必要はない。きちんと世界史講義録と金岡先生の名を明かしたうえで
「この金岡先生は自分が努力して身に着けた質の高い授業をただでネットに公開してくれる。無論著作権は放棄しないと書いてはいるけれど。そのおかげで今面白くてわかりやすい授業が私にもできる。君達の為にもなる。ほんとは努力して身に着けたものなのだから自分だけの所有物にすればいいのに、立派な人っているものだね。ネットで公開しているおかげで、我々のように得している人が他にもいるはず、そう考えるとこの金岡先生の功績は大きいね。こうして情報を共有することで少し大げさかもしれないけど、日本の高校全体の世界史の授業の質が高まっているのかもしれない。金岡先生に感謝だね。インターネットが普及するまでは授業の面白い解りやすい先生がいてもそれは個人プレイに過ぎなかった。その恩恵に与る人はわずかだった。予備校などに行けば受けられたかもしれないけど、それにはお金もかかる。そう考えるとインターネットってすごい。でもそのインターネットの仕組みがどういう風に生まれてきたか?それを調べると社会の不条理に行き着くよ。」
長くなったが何が言いたいかというと、情報は共有すべきだという事。社会は情報を共有することで発展してきたのだという事。インターネット、もっとさかのぼるならグーテンベルクの発明した「活版印刷術」、こうしたツールでもって「情報」を共有することによって社会は発展してきたのだ。話は戻るがそもそも歴史を学ぶという事は人類全体の情報を共有するという事に他ならないのではないか?ヒトラーの様な人物に何故権力を与えてしまったのか?スターリンのような人物が何故最高権力者になるに至ったか?そういう忘れてしまいたい記憶も含めて人類全体で情報を共有する事、それが歴史を学ぶ意味なのではないだろうか?一部の人間が情報を独占し操作する、そのような社会は健全とはいえないのではないか?
もう一度言うが「社会全体にとって有用な情報は共有すべき」だ。正しいことを言っていると思うのだが・・・もっとも正しいことが正しく行われるような世の中なら、貧困や格差、差別、戦争、テロ、そういったものはもとより生じないとも思われる。我々の生きるこの社会は不条理に満ち満ちている。それをあきらめて受け入れるか、それとも立ち向かうか?それはあなたたち次第なのです。私?私はもうとっくにあきらめてます。何せとっぽいオッサンだから(笑)
遅れましたがこの場を借りて金岡新先生にお礼を申し上げます。その節は有難うございました。益々のご活躍を期待いたします。
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