反省

サッカー

 「たくや~(笑)(笑)(笑)!!!」

 甥子二人が大笑いした。以前私の甥子二人が私の部屋で任天堂64の【実況ワールドサッカー】で遊んだ時の話だ。彼らが大笑いしたのにはそれなりの訳がある。その当時、今もそうだが、私の【実況ワールドサッカー】は基本的に私が大学時に在籍していたT史研究室の同窓生や院生の皆さんをモデルに選手を作成している。ピンクの肌に緑色の髪の毛など個性的な選手ばかりだ。そんな選手の中にも「ああこの人は常識人だったなぁ~とかこの人はできた人だったなぁ~。」と言う人はどちらかと言えば、見た目通りの髪形や身長にしてある。

 で私はこう見えて?律儀な男なので同学年の友達の名前は呼び名通り苗字で呼び捨てに、院生の場合は名前もしくは苗字に“さん”づけで選手を作成した。したがって選手名が苗字の場合は同学年の友達、“さん”づけは院生だということがわかる。そういった選手の中で「たくや」だけは下の名前を呼び捨てにしてあるのだ。甥子二人はその当時小5くらいだったと思うが、目ざとくもそれに気づいて、「たくや~!!!」と大笑いしたのだ。「たくやが決めた~(笑)(笑)(笑)。」とそんな感じに。

 私がこの「たくや」(院生)を下の名前で呼び捨てにしたのにも、それなりに訳がある。学部卒業後、科目履修生として2年大学で過ごした私は見事、神奈川の女子高に正規教員として採用された。それが面白くなかったのだろう、この「たくや」なる院生はどうやら私の陰口を言っていたらしい。それは周囲の反応で分かった。その意趣返しとして「たくや」なる下の名前を呼び捨てにして選手登録したのだ。私も根に持ついや~なオノコではある。

 ただ、先ほど部屋の整理をしていて私の学位論文が出てきたのだが、実はこの卒業論文を書くにあたって、誰よりも尽力してくれたのが先に挙げた「たくや」さんだったのだ。私が学位論文のテーマに選んだモンゴル帝国の時代は、たくやさんのテーマとする時代と被っていて、それで院生のたくやさんにいろいろな論文を紹介してもらったり、手伝ってもらったりした。ろくに授業を理解できていなかった私はくやさんが手伝ってくれなかったらとてもじゃないが学位論文は書けなかった。その論文が教授から褒められて、私は有頂天だった。それで調子に乗った私はあろうことか、たくやさんにお礼を言う事すら忘れてしまった。なんと傲慢だったことか。

 あの時、ほんの一言でも「たくやさん、有難うございました。世話になりました。」と言えていたらなあ。なんと至らなかったことか。我ながら恥ずかしい。もし一言いえていたらたくやさんも俺の陰口なんか言わなかったろうにな。ああ因果応報とはこのことだ。申し訳ない。たくやさんm(__)m

 そんなわけで、今日は部屋の整理をしながら一人反省した。たくやさんは今頃どうしているだろう?元気にしてらっしゃるだろうか?一緒に飲んでみたいなぁ。

たくやさん、有難うございました。ごめんなさい。

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